本は好きだけれど時間がない。長編だと途中で離脱してしまう──そんな私にとって、村上春樹作品との出会いはオーディブルでした。
そして、遅まきながら、いまでは最も好きな作家になりました。
とくにオーディブル版の春樹作品は、名だたる俳優たちの朗読によって命が吹き込まれ、その完成度の高さが私を惹きつけた大きな理由です。
そんな“オーディブル春樹スト”を広めたい一心でおすすめしていると、「性描写が苦手」「生理的に受け付けられない」という声を一定数耳にします。
例えが適切かは別にして「パクチーが苦手な人にはタイ料理がかなりきつい…」という心情はわからないでもありません。実際「それがダメなんだ」という人は、この例えに近い何かを持っているのだと思います。
とはいえ、それが理由で春樹作品から離れてしまうのは、あまりにももったいない。
なんとか踏みとどまって、その先にある豊かな世界に触れてほしい──そんな思いから、今回の試みです。
コース料理のように全体で味わう長編ではなく、アラカルト感覚で楽しめる短編集の中から、性描写のない珠玉な作品をピックアップ。おすすめランキングを作ってみました。

オーディブルは定額聴き放題。こうして複数の短編集から珠玉の作品だけをつまみ食いできるのは、まさにこの形式ならではのメリットです。
最後に性描写に対する考察もまとめます。
村上春樹・性描写のないオススメの短編
性描写の無い、珠玉の短編ランキング10選
人気の作品群から性描写が一切ないものを選びました。
- 沈黙
- レキシントンの幽霊
- 偶然の旅人
- 品川猿
- 螢
- 謝肉祭
- 七番目の男
- 納屋を焼く
- ウィズ・ザ・ビートルズ
- めくらやなぎと眠る女
順番は個人的な嗜好であり、実際は人それぞれだと思います。
それでは、これらの作品が収録されている短編集を紹介していきます。
『レキシントンの幽霊』からは3作品
- レキシントンの幽霊
- 緑色の獣
- 沈黙
- 氷男
- トニー滝谷
- 七番目の男
- めくらやなぎと、眠る女
『レキシントンの幽霊』は、現実と幻想の狭間にある心の揺れや孤独を描いた短編集です。幽霊や記憶の影が、喪失や不安といった感情のメタファーとして登場します。
そもそも、この作品集は全て性描写はありません。また、個人的には村上春樹最高の短編集です。全てを聴いて良いと思います。
一部で、ほんのり微かにあるかもしれませんので、3作品に絞ったということです。(「トニー滝谷」は映画化もされているぐらいで、非常に良いのですが、念の為外しました)。
「沈黙」は、滝藤さんの世界観が秀逸で、激しく心を揺さぶられます。今のネット社会を風刺したような、30年前とは思えない評価の高い作品です。
他、「レキシントンの幽霊」「7番目の男」も素晴らしいです。
『螢・納屋を焼く・その他の短編』からは3作品
- 螢
- 納屋を焼く
- 踊る小人
- めくらやなぎと、眠る女
- 三つのドイツ幻想
「螢・納屋を焼く・その他の短編」は、1984年に発表された比較的古めの短編集で、幻想的かつ深層的なテーマが魅力です。
朗読は松山ケンイチさん。おそらく映画・ノルウェイの森で主演した縁から起用されたんでしょう。超一流俳優らしい、流石の表現力でした。
収録作品の「螢」は美しい文学作品で、ノルウェイの森のベースとなっています。そういう意味でもおすすめな作品です。※螢には性描写はありませんが、長編のノルウェイの森では激しく出てきます。
「納屋を焼く」は映画化され、「めくらやなぎと、眠る女」はレキシントンの幽霊でも著作が自身の朗読会用に短くで再編集された作品が収録されています。
『東京奇譚集』からは2作品
- 偶然の旅人
- ハナレイ・ベイ
- どこであれそれが見つかりそうな場所で
- 日々移動する腎臓のかたちをした石
- 品川猿
5編の物語から成る『東京奇譚集』は、肉親の失踪や理不尽な別れ、大切なものの喪失を描きます。
朗読を担当するイッセー尾形さんは、一人芝居の第一人者として知られ、オーディブルでも彼の世界観に引き込まれます。
「偶然の旅人」は、虫の知らせの様な、時空を超越する不思議な感覚が好きです。
また、村上作品ではファンタジー要素とシュールな感じが持ち味の一つで「品川猿」はその典型です。
『一人称単数』からは2作品
- 石のまくらに
- クリーム
- チャーリー・パーカー・プレイズ・ボサノヴァ
- ウィズ・ザ・ビートルズ(With the Beatles.)
- 「ヤクルト・スワローズ詩集」
- 謝肉祭(Carnival)
- 品川猿の告白
- 一人称単数
『一人称単数』は、一人称で語られる八つの物語を通して、「語ること」や「記憶とは何か」といったテーマを静かに掘り下げています。
朗読は池松壮亮さんです。自分を程よく抑えた、主張しないプレーンな語りが心地良いです。
レビューでは「ウィズ・ザ・ビートルズ」が人気のようです。
「謝肉祭」はとある詐欺師の顛末をうまく表現していて興味深いです。
「品川猿」の続きとして、「品川猿の告白」も捨てがたいところです。
村上春樹作品の性描写に対する考察
オーディブルを含む様々のレビューを見て思うことがあります。
特に「1Q84」「海辺のカフカ」「ノルウェイの森」「ねじまき鳥クロニクル」などの代表作で、性描写への拒否反応が一定数見られます。
「ただの官能小説」「エロ小説、無理」「生理的に無理」「無駄なエロ描写多すぎ」
といったかなり辛辣な意見もあり、そこで離脱してしまう読者もいるようです。
実は私自身、これは分からないでもないのです。
映画で時折出てくる描写は、言わば受動的で、何とも思わない。
でも、読書は文章をもとにイメージを構築する、つまり自分の脳を使って主体的にビジョンを作り上げる作業となり、それにどこか背徳的な抵抗感を覚えるのです。
おそらく、そういう感覚なのだと思います。
けれど、それを理由に春樹作品全体から離れてしまうのはやはり惜しい。
小説というものは、没入するまでに一定の助走が必要なこともあります。
抵抗のある人は、そのプロセスと同じように粛々とこなしてもらえないかな…と思います。
春樹作品において、性描写は物語の不可欠なエッセンスであり、ある種の伏線です。
著者の世界観を織りなす重要な断片です。
それは根源的な欲求であって、そこにあるのが自然です。
私自身は、表現の手段として真正面から向き合う著者のセンスと覚悟を感じます。
あるいは、それよりもっと次元の高いところでの表現を模索していて、著者にとっては、そんなことは些細なことなのかもしれません。
それに関しては、次の記事にまとめました。


まとめ
おそらく、こうした性描写を避けて通ろうとすると、春樹作品においては、どこか味気ないものになってしまうのではないか──そんな気がします。
だからこそ、大事な断片の一つとして、受け入れてみてほしい。
それが、「オーディブル春樹スト…?」としての、私のささやかな願いです。はい。



オーディブルは定額聴き放題。こうして複数の短編集から珠玉の作品だけをつまみ食いできるのは、まさにこの形式ならではのメリットです。
慣らし運転を経て、しっかり春樹作品にハマって欲しいと願っています。
そして、次はこちらへ進んでください。



















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